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好きな音楽から、何かわかる? [パーソナル]

台風18号のせいで、

キーボードしっとりしている。



好きな食べ物やいつも食べているもの、

食事の時間などを記録する事で、

その人の食習慣、なりやすい病気、体の不良の原因なんかがわかる

と思うんだけど、



好きな音楽から、

何かわかったりするのかな??



何となく、

自分の好みの音楽に出会うと、

“ 好きだ! ” ってピンと来るし、

ホルダー分けしたくなる。



で、飽きるまでくり返し聴いて

(知人は、お気にの1曲を数ヶ月も飽きずに、聴くたびに力をもらっていたり)

その音楽に入り込んで、

楽器の音や声、メロディーとリズム、あれば変調などに、陶酔する。



好きな曲が流れている音楽室に、

耳のついた脳だけ置き去りにするような集中力で。



自分が歌手やダンサーになった気分で、

その曲をものにしているイメージとかしてみたり。



そんな音楽との出会いって、“ 癒し ” なんだよね。



いつ聴いても “ 癒される ” 曲達を集めて、

特徴的なメロディー、コード、リズム、楽器、トーン、ジャンル

なんかから、何が自分を “ 癒して ” いるのか。



・・・

こうゆうカテゴリー分析とか、一つの答えを出そうとするのって、

つまらないと思うときもあるけど、

ふと気になってしまうものだな〜



出会い頭に気づく、という瞬間や偶然を

楽しんでいるのがいいのかなあ。




忙しい時に、予定を詰め込む、今 [パーソナル]

あー忙しい。


毎日毎日、あっという間に朝が来て、

仕事から帰ったらあっという間に寝る時間が来る。



もうちょっと立ち止まりたいのだけど、

やりたいことが盛りだくさんで頭が休まらない。


友人から、

忙しいときに予定を詰め込みたくなる心理が、人にはあるのだ

と聞いた。



巷では「ToDo病」だの「予定詰め込み症候群」だの、

すぐに症状にしたがるが、そんな名称はどうでもいい。


息抜きの方法さえあれば、やればいい。



ここ数ヶ月のToDoリストは、

・グループで展示会に出す、シルバージュエリーの作品作り

恋人とデート

・ネットの勉強

・友人と決めた、短期間の美容を兼ねたダイエット

・大人になってから徐々に楽しくなってきた社交・交流

・ブログ(今は後回しになってしまっているけれど;)


特に上位三つのことをグルグル考えている。


どれも早く結果を出したいけれど、

すんなりはいかないし、お財布との相談も頻繁だ。


でもそれぞれの楽しみがある。



あーもどかしくも全部やりきりたい。


2015年の春は、そんな模様だ。



3/8 国際女性デー [パーソナル]

女性の権利、社会参加、差別平等、世界平和を目指すとともに、

女性に感謝を表す日。

名古屋では、本日ウィメンズマラソンが行われた。


YouTubeでは、若い女性に向けて、

応援メッセージを発信するキャンペーン “ #DearMe ” が。


私もこの日に、出来ることをしよう。

今までの自分に、今の私からメッセージを送ろう。



我が家の母は強い。母の母もまた強い。

私は二人の強い女性によって育てられたので、外的な要因で、

男女でヒエラルキーを感じたり、

男女の差を叩き込まれたり、

自立の道を閉ざされることは少なかった。


むしろ、男性や親に頼ることなく生きていけるように育てられた。


一方、女性としても幸せになるように温かい目もあったし、

好きな事をさせてもらって、

自立すると同時に、自由である状態であった。


今、30歳という年になって、そのことに感謝できていることを報告しよう。


どんなに恵まれた環境であっても、

その本質に気づくことが大事だと思う。



自立の教育として、

「今頑張っておかないと、後で誰も助けてくれないよ」

という強迫観念が常にあった。

「自分で何でも出来るようになっておかないと、困るのはあなたよ」

「人は人、自分は自分」


この観念により、自分がどう困るのか、どんな人間なのか、どうなりたいのか、

常に自問自答。内省してきた。


正直これは楽しくも何ともない。

自分を防衛するために、予防線はって、武装して、丸腰ではいられない。

ふざけないから、つまらない、怖い、とか言われる。

距離感が必要だ。


人に頼らないことしか考えてないから、

自分の考えにとらわれがちだし、人の話・チカラに身を委ねる術を知らない。

だから答えを見つけるのに時間がかかる。

不器用。抱え込む。

先の安心・夢のために今を使ってしまう。

楽しみや誘惑に目もくれず、世の需要と逆走してきた。


でも、こんな状態でも

人との出会いに諦めず寄り添うことによって、

“ 自分の生き方がどのようか ”客観視できたのだ。


自己解決能力はもう大丈夫。十分にある。

好きな事も、やりたいことも悩まない。

幸せになることを恐れない。

幸せになるために頑張ってきたし、

同じように、幸せになるべき人と一緒にいたい。



もういいよ、頑張らなくても。

これからは楽しみたいこと、人の温かさに触れたいこと、

今までと違うこともにも目を向けられるよ。

そうして幸せつかんで、大事な人達に笑顔と感謝を見せていけるよ。



尾木ママ “ いい子症候群 ” からの、脱出!その2 [パーソナル]

引き続き、「いい子からの脱却」について。



ある日TVで、(ほんとテレビっ子)

心屋仁之助さんがお悩み番組でおっしゃった言葉。

「何も頑張らなくても、自分は愛されている、と心から思えることが自信だよ」

記憶から書いているので、まるっきり同じじゃないかもしれませんが

こう聞いたときに涙がでました。

私にはその考え方なかった、と気づけたから。


そのように自分を再認識してからとても楽になったの。

同じ頃(2014 1月頃)パニック発作も起こり、心のキャパも知れた。


キャパを知ると視界に変なフィルターがかかって、

脳が発作起こさないように?警戒するような感じになったけど、

今現在はそれすら薄くなっている。


どんな要因でリカバリーにつながったのか、考えてみた。


●  “ 表現系 ” の授業が楽しかった

国語、英語、図工、美術音楽

子供のころから絵を書くのが好きで、そこで楽しく憂さ晴らし出来ていたのかも。

絵を褒められるのは、私自身を褒めてくれているようで、全然苦じゃなかったもの。

今も上手くなりたいと思う程。

表現できる技術はいくらでも欲しい。

ストイックに自分と向き合って、苦しみや苦難を乗り越えて得る自信は、

ここから得たと思う。


得意なことがなくても、

日々思うことを紙に書き出してみるだけでもスッキリしたり。

言葉に出すことも表現の一つ。


● 本を読む

学生時代なんて全く出来なかったのに、

社会人になってから厳しい労働環境から這い上がりたくて、

危機感からビジネス書やら自己啓発書をひたすら読んだ。

自分では体験しきれないことを教えてくれるし、

内省させてくれる。

いろんな経験を活かす図太さ、マインドを得ている。


● 親の柔軟さ

自分は自分、人は人。

というしつけだったので、人と比べることにハマっても抜けられる状態であった。

いい子であることも、そのままの自分であることも

絵を通じて褒めてくれたから、

不満はあるけど、感謝もしている。

完璧な人はいないんだと分かる。


あと親に言われてきたこと以外のことをするって、

“ 裏切り行為 ” ではない。

親が自分の行いを見直すいい機会だと思う。


● 恋人の存在

長年一緒にいてくれる人がいる。

その人の前では、なぜか “ いい子でいたくてもドジばっかり出ちゃう ”

そしてそれを安心して見せられる存在は、彼以外いなかった。

プライド高い人には、こういうドジがうっかり出ちゃう恋人もいいかも^^


止まない雨はない。

明けない夜はない。

そう思って頑張ってきてよかったと思う。


尾木ママ “ いい子症候群 ” からの、脱出!その1 [パーソナル]

このブログで時々、“ いい子 ” について触れているけれど、

ある日、ホンマでっか!?TVを見ていたら、

尾木ママが、「いい子症候群」という言葉を発した。


ん?と思ってTVを見終え、「いい子症候群」を検索。

ママスタ☆コラム、というサイトで

「尾木ママの目からウロコの教育論」というコラムがあったので読んでみた。



うんうん。

まさに私が通ってきた道だ。

「いい子症候群」っていうんだね。

新型うつの一つとも言われるらしく、

軽いパニック発作を起こした経験から、やはり少しでもうつに近づいたんだと

改めて分かった。

長男・長女に多いらしい。



親が子を褒めるときに使いがちな、「いい子だね」「お利口ね」という言葉。

親の笑顔が見たいために作っているいい子の姿に、ではなく、

子の存在自体、持っている長所、に対して具体的に言うことが大事なのだそう。


頑張っていることばっかりにフォーカスして褒められると、

嬉しい反面、プレッシャーがハンパなくまとわりついてくるの。

親でも会社でも同じ。

常に頑張っていないと認められないんだ、という自己暗示がかかってしまうわけ。

そのプレッシャーから逃れたくなって反抗したり、

逆に褒められないように行動を制限するようになっていく。


我が家では、

おばあちゃんから「いい子だねー」って、ま〜よく言われた。

心の中では「何が?どこがいい子なの?」と繰り返してたよ。


母からは、私が出来るようになったことに対しても褒めてくれたが、

ダメなところや弱音を吐いたことが少なかったから、

親からしたら、強い子なんだ、おとなしくて安心してみてられるんだ、

という期待感がすごかった。


クラスの子や先生からは、おとなしく授業を受けているだけで

“ 真面目 ” レッテルを貼ってくる。


どこか自分のようで自分じゃない感じがあるのよね。


そうして鎧の内側にあるヨワヨワの自分に自身がないまま年を取って、

気づかぬうちに心が抱えられる負荷の容量を超え、

自己不全感を抱き、うつの症状がでるらしい。

私はなかったけど、罪悪感がでちゃう方もいるみたい。


でも辛かったけど、幸いなことに発散も出来ていたと思う。

家でケンカした記憶も少ないし、

人や自分を物理的に傷つけたことも。


次回、「いい子からの脱却」について経験談を。


私のゾーン [パーソナル]

世の中で買えるものの、

ほんの一部しか、欲しい!と思わない。

こんなにありあまる程に溢れているというのに。


“ ものづくり ” ってすごく好きなんだけど、

溢れかえっている “ もの ” 達を感じてしまうと、

「これが行く末か・・」と、とたんに手が止まってしまう。


自分で処理しきれる範囲で楽しんでおわり。



曲でも本でも作品を作り続ける人達って、活動力がある。

私もそうなりたかったはずなのに、その土台を自ら止めてしまう。


自分なりのやり方があるんじゃないかと模索しているけれど、

やっぱりだめ。


もうこだわりぬいてこれぞ “ 集大成 ” と言わんものを考えつかない限り、

作ることに意味があるのだろうか・・と止めてしまうのだ。


つくづく “ ビジネスもの作り ” に向いていないのだろう。



仕方がないじゃないか。

内なる心がそう言っているのだから。


そこに尽力する代わりに、

“ 好きなゾーン ” を見つける作業もよくしている。

スクラップブック作ったり、自分っぽいソースを収集して、分析する。


そこからヒントも得られるし、

自分の傾向を知ることが出来るので楽しい。



結局、「自分のやりたいことを見つける」というのは、

砂金を露(あらわ)にするようなものだもの。



今の時点で解っている指標をあげておこう。

ナチュラルだけど色っぽい、健やかさ、本物、
可憐、継承、象徴、、普遍、アイデンティティー、、


自分にとってこうゆう存在となるものを創り出したいのだ。


アイスのはなし [パーソナル]

お昼時、アイスの話になった。

この時期のアイス、いいよね。

お気に入りのアイスや食べ方を言い合いっこした。


ミルク系の味にこだわり、

バー・モナカ・カップ・ソフトクリームまでオススメを紹介してくれる子。

パリっとしたチョコと、溶けかかったクリームの食感を楽しむ子。

新商品に詳しい子。

好きなメーカーがある子。


私もそれなりにアイスを食べてきたのだけど、

そこまでアイスに思い入れがないことに気づいて、

語れなかった。。



なんか、甘くて冷たくて、クリーミーなものを食べていただけかもしれない。



もちろん買うときには好きなもの、

そのときの気分に合うものではあるけど、


好きな味で食べ比べしたり、

好きなシリーズの新商品を試したり、

“ これでしょ! ” という意気込みはない。

この食べ方が最高なんだよ!というこだわりもない。



節約とか、カロリーの方が気になっていたかもしれない。

財布と相談して、買えるもの。

カロリーや成分を見て、ちょっとでも罪悪感を減らしたい。


やりたいことを追いかけている時期なんて、

贅沢なことから削っていくから、

随分そのやり方で通ってきてしまったな。


正しい、間違いではなく、“ 新境地発見 ” みたいな。


そんなちっぽけなところから、

楽しみ方を得た気がした、お昼だった。


服装との確執2 [パーソナル]

「服装との確執」で

・何を着たらいいか分からない

・着たいものが浮き出てくるまで散財したくない

・それまでは自己投資

といったことを書いた。


何を着たらいいか分からない、を解決するには、

分かるまで、いろんなものを試す他ない。

そのいろんなものを試す労力とお金を考えると、

ファッションに使いたいと思えなかった、という話ね。


そのあとに、

コンプレックスが強すぎて、美しいものを着る自信がなかった

というのがふと出てきたの。


なんか、“ 一人前の大人になるまで遊んじゃいけない ” ような意識があった。

その “ 一人前の大人 ” って言うのがいつも立ちはだかってた。


高級ブランドだって、単にオシャレとして買いたい!とも思えないし、

扱いきれる感じもしない。

そう思っているうちは買わない方がいいなって。


どうなればいいのか。


服装を楽しむための、 “ 一人前の大人 ” の条件 (独断による)

・見た目が洗練されてくる

・精神的に強くなる

・専門的な知識まで身についてくる

・仕事を確立して、稼ぐチカラをつける


・・ようは他と比べることなく、自立したいってこと。


“ 一人前の大人 ” になったら、遊べばいいやと思ってきた。

好きな服買って、好きな人とおいしいもの食べて、

旅行行って、みんなでハッピーになって、私もハッピーになる、と。

そうなるためには頑張るしかないじゃんて。


で、この年になって、

ようやくその的に手が届きそうな位置に来たかな?

と感じてきた。


その意識を忘れてきてるとか、諦めるのじゃなく、

自分を認めることに柔らかくなってきたから

そろそろ厳しくするのを控えてもいいのかなって。


自分に似合う服が分かってきたし、

欲しいものがハッキリしてきた。

センスを生かす時が来たのかもしれない。


この感覚って素敵だ。


長いこと待ち続けた甲斐はある。


頑張ってる最中って、一体どこを走っているのか全然分からないけど、

的はちゃんと見えてくるものなのね〜


プロセスを楽しんだかって聞かれたら

そんな余裕はなかった、と答えるしかない。


でもたどり着けることを知れば、

これから楽しむ余裕も生まれてくるかもしれない、と思った。


なんと!気づけば50記事。 [パーソナル]

とうとう50記事超えました。


日記やらお小遣い帳やら一切続かなかった、

そんな私でもブログを書き続けることが出来ている。。

ありがとう。


新たな自分を発見しつつ、日々記録を更新していこう!


私に何が発信できるか?っていうのは少し前から考えていた。

情報にしろ、資料にしろ、はてなにしろ、

現代においてはたいてい探せばある。


ネットのいいところは能動的にやったことを置いておくと、

欲しい人に見つけてもらえるってこと。

リアルだと欲しい人を見つけにいかなきゃならないからね。


やっぱり家庭環境について思うこと、

こんな記事がもっと若い時に読めていたらよかったなと思うもの、

時を経て、年を重ねるごとに変化する意志、

なんてのを綴っていきたいなと思う。

それが形となっていくのが楽しいと思えるようにもなったしね。



今なら、いつでも、簡単に、どんなことでも

たいていは “ 検索 ” すれば答えが見つかる。


私の子供の頃なんてまだ、そんな便利なものはなかったから

自分でやってみるしかなかった。

いくら親や先生がダメだ、と教えてくれても、

自分でやってみないと分からなかった。


その行動力の結果、今の自分になっているわけだから、

それまでに営みが強みだと思う。



“ 根性 ” で全てが分かるわけでも、変わるわけでもないけれど、

この世代にしかない視点で、

実体験に基づく “ 一次情報 ” を書き留めていこう。



服装との確執 [パーソナル]

何を着たらいいのか分からない、とずっと思っていた。


小学生の頃は与えられた服の中で、適当に選んでいた。

買い物に連れて行かれても、何でもいいし、試着とか恥ずかしい。

何日か同じズボンをはいて、

同じの二つあるんだとか言ったりもしたなあ。


学生の制服って楽だよね。

毎朝の時間短縮にもなるし。

高校では “ オシャレ ” に気を遣ってそうな子もいたり、

お金持ちの子はヒスのビニールショッパーを肩にかけたり、

アイデンティティを表し始めていた。


その頃から今に至るまで、私はそんなに服にお金をかけない分、

興味のある資料とか、素材とか、外部との人付き合いに使っていた。

“ 何が着たいのか分からないうちに、そこで散財する気になれなかった ” のだ。


着たくないものはわかる。

すれ違う人々をみて、それないでしょ、っていうのもある。

そんな消去法ではアイデンティティは見つからない。

でもいいな、と思うものは値が張るものも。。


ということで、今はビジネスカジュアルをベースに、

いいものをすこしずつ集め始めたところ。

過度なアクセサリーはいらないし、

清潔感があって、着心地がよければよい。


そんな風に、“ 印象と本心 ” をすり合わせるようにしている。


これならモテそう、

あの子に褒めてもらえそう、

という他人の目はさておき、

いくら興味がなくてもださくはなりたくない、、

というところを押さえながら、

欲しいものを浮き出させる。


それがアイデンティティになるんじゃないかなと思って。


他のことをしていても、

見つかるまで買いあさらなくても、

意識だけして、目につくものを気に留めておいた。


これから楽しめそうな予感がする。
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